【走る女性は美しい】マラソン大会にエントリーした後に、読んでほしいおすすめの本

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なぜ疲れるのに、わざわざ走るの?

4,000円ものお金を払ってまで、マラソン大会にエントリーして走る意味が分からない。

マラソンを続けていると、そんな意見を投げかけられることが、よくあります。

走ることについて語るとき

村上春樹さんの著書に「走ることについて語るときに僕の語ること」という本があります。

わりと薄い本であっという間に読めてしまうのですが、読んだことのない方にとっては「なんだこの、回りくどいタイトルはw」とおもいますよね。

春樹さん独特のスムーズな自己世界への誘導もなく、たんたんと、本当に「走ること」について書かれています。

この本自体がマラソンという行為と同じ過程で書かれたかのような、走るように書かれている内容です。

「走るのやだな。つらいな」という時に、取り出して読んでみると、本の中で春樹さんが「走るのやだな。なんでこんなつらい仕事受けちゃったんだろう」とぼやきながら、何十キロも走っている様子がかかれています。

しかもマラソン大会でもなく、取材のために一人で走り続けるという過酷さ(笑)。

「走ること」と「人生」

「走ること」についての本なのに、なぜか、読み進めていくと、

走ることと人生が似ているな」と感じる本です。

「人生辛いな。やだな」ってときにも、取り出して読む本。

走って

読んで

走って

読んで

繰り返していると、なんとなく、春樹さんの体験も重なってきます。

人生そのものが、走ることと同じで、「つらいな、やだな」と思っても、続けなくてはいけなくて、

マラソンの途中で辛くなって、「なぜ走ってるんだろう?」と湧き出る疑問は、そのまま

「何で生きているんだろう?」

「何のために?」

「誰のために?」

って疑問と、重なります。

生まれて、死ぬこと

けど、生まれてきたことに意味はありません。

自分が生まれた意味や意義を作ろうと、生きている間、粛々と労働を重ねて、

それを、世代を超えてつなげている。

生まれて死ぬことは、大きな命の流れの中の一つの作用。

受け継いだ命を、次の世代に伝えることが、「人生」なのだと、春樹さんの本から感じました。

それは必ずしも、自分の子供や血縁の子孫の話ではなく、出会ったすべての人に、自分の存在が反映して、伝えられていくもの。

走ることからわかること

マラソンをしていると、自分の足が、自分のこころに則って、永遠に動き続けるような錯覚をおぼえることがあります。

走り続けていくと、その意味と、その先にたどり着くところが、漠然と見えてくる瞬間が確かにあります。

楽しいことばかりよりもむしろ、粛々とした日常の積み重ねの日々。

人生の大半の時間は、そうやって過ぎていくものなのだと。

その中に、きらめく幸せの瞬間が、いくつか、散りばめられているのだと。

その輝きを、もう一度、もう一度みたいために、走り続ける。

この辛い坂道を登りきったら、きっと見たこともない景色が広がっているんだ!

という希望

走ることと人生は、本当に似ています。

粛々と生きる

病気や、災難や、人災や、

日々のストレス。

他者からの敵意。

終わらない仕事。

泣き止まない赤ちゃん。

かみしめる、孤独。

「いつまで続くの?」

「なんのために、がんばり続けているの?」

と思う事、みなさまもありますか?

わたしには、たくさんたくさんありました。

打たれ弱く、根性のない私は、なんど打ちのめされたことか。

いま、強く生まれ変われたとは思いません。

いまだに、ぐずぐず悩むことばかり。

そんなときはパッとジャージに着替えて、スニーカーの紐をしめて、走りに行きます。

意味も分からず走り続けることで、感じます。

人生だってこうやって、粛々と、走り続けるものなんだって。

考えて、立ち止まるなんてしていられないほど追い詰められたときこそ、走る。

わたしに出来ることは、右足と左足を交互に動かすことだけ。

マラソンは、劇的な精神安定効果がある

走り始めると、頭にのぼった血が、全身に戻ります。

悩みや疲れやモヤモヤが、相変わらずそこにあるはずなのに、少しずつ薄れていく。

15分続けると、「もうやめようかな?」「もうちょっと走ろう」

20分走り続けると「あと5分走って今日は終わろう」

25分走ると、「前方に見えるあの信号まで走ろう」

気が付くと40分走っていて「もっと走ろう。せっかくここまで走ったのだから」

50分で「身体が疲れているのに、心に血が通って、たのしい。もっと。もっと。

…。

ここからは、ふくらはぎや太ももの筋肉がぶつぶつ言い出すので、おすすめできません(笑)。

お酒の好きな方ならば、走り終わった後はビールでも飲むかもしれません。

走った後の水分のおいしさを味わっているとき、気分は爽快。

走る前に抱えていたモヤモヤは、まだそこにあるのに、

眠れないほどつらかったことが

「なんとかなるかな。」

「いま悩んでも仕方ないし、寝て、明日考えよう。」

と思えます。

フォレストも走った

有名な映画フォレストガンプでも、大好きな幼馴染のジェニーが自分の元を去ったあと、主人公のフォレストは、走りましたよね。

アメリカ大陸を横断するほどに。

IQの低さから、社会的常識の感覚が人とは違うフォレスト。

だからこそ、走った。

走ることを続けることで、人間の抱える様々な問題から離れて、より自然に近い生き物としての自分を、つかめる気がしたのかもしれません。

まとめ

マラソン大会の記事を多く書いていると、もっともっと多く、皆さまにマラソンのすばらしさを伝えたい!って気持ちになってきて、ついつい語ってしまいました。

一つのマラソン大会にエントリーすることから、ぜひ始めてみてください。

走る人生を。

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