明治維新 海外の反応

日本人にとってもファンの多い明治維新という時代ですが、海外からも特別な時代だったって知ってましたか?

 

アジアの国々を「支配的」に上から見ていた西洋人にとって、

アジアの小国日本の「侍」文化は鼻で笑う程度の「遅れてる文化」でした。

 

が、見下していた日本が急速に力をつけて、一気にアジアの大国にのし上がり、アメリカと大戦争を繰り広げるまでになったのです。

戦争や軍国主義は、日本人の私としても苦い気持ちになる歴史。

 

ですが、小国が大国に変化したキッカケの「明治維新」について思いを巡らすと、日本人として血が騒ぐものがあります。

 

日本が外国文化に飲み込まれないために、国民が力を合わせた生みの苦しみの時代。

それが明治維新です。

  • 明治維新という言葉ばかりが先行して、中身を知らないという方。
  • また、海外から見た「明治維新」がどのようなものだったか。

今回はその辺を掘り下げて調べてみました。

歴史好きの私なので、うんちくくさくなるけど、同じ歴史好きな方は是非、楽しんでください!

時代は令和。

2018年には明治維新からなんと、150年も経ったと、記念式典が行われていました。

 

明治維新合ったゆえの現代日本。150年前に起きた時代の大きな節目を一緒に勉強しましょう!

    明治維新のあたりの流れ

    ペリーの黒船来訪が1853年。

    蓮

    「いや!ごみ!(1853)ペリー来訪」なんて語呂合わせで覚えましょ!

    今でこそ「経済大国」「先進国」なんてイメージのある日本ですが、ペリー来訪の頃の日本は…

    外国文化を受け入れない「鎖国」状態。

     

    大砲を前に、侍が腰に刀をさしてる「遅れてる」文化。

    アメリカとガチンコ勝負するような軍事国家に急速に進むなど、だれも予想できませんでした。

     

    「明治維新」をきっかけに日本は開国国となり、世界で名だたる国家へと繋がったのです。

    明治維新とは、そもそもなに?

    • 明治維新とは…19世紀後半に起った日本近代化の改革のこと
    • 明治維新とは…江戸幕府を倒し、天皇親政体制とした「明治政府の新設」のこと

    徳川家による江戸幕府から、明治政府へと転換した政治的改革のことを「明治維新」と言います。

    江戸幕府を倒して、天皇を中心とした新政権への改革をすすめたのは、薩長土肥(さっちょうどひ)連盟。

    西郷隆盛、大久保利通、木戸孝之、坂本龍馬など、歴史ドラマなどで繰り返し放送されて耳慣れしている名前が大集結。

    海外の勢力に飲み込まれない「日本」を作るのだ!と命を懸けて戦った結果の明治維新でした。

     

    明治維新とはどのような時代なのかを、簡単に紹介していきます。

    明治維新の流れ
    • 明治維新の始まりは、1853年の「ペリー来航」
    • 当時の「江戸幕府」は外国文化だけでなく、貿易なども取り入れない「鎖国国」
      ⇒アメリカに屈し、「日米和親条約」を結ぶ
      ⇒イギリスやロシアとは「不平等条約」を結ぶ
      ⇒民衆や武士の間で幕府に対して不満が募り、次第に「倒幕思想」が生まれる
    • 1868年…「戊辰戦争」
      天皇中心の政府の独立(倒幕思想)を目指す「薩摩藩」と「長州藩」が幕府軍と争いを行なう
    • 戊辰戦争では薩摩藩と長州藩が勝利し、260年続いた「江戸幕府」は消滅し、ここから「明治時代」が始まる
    • 明治時代では鎖国から「開国」が始まり、他国の文化を取り入れたり交流を深める事で、現代の近代化に結びつく

    「明治維新」から変化したこと

    戊辰戦争後、幕府が滅びて新時代になったとは言え

    260年も続いた幕府体制をガラリと変える事は容易ではありませんでした。

    蓮

    そもそも、つい150年前に「江戸幕府」だったってことも驚きじゃないですか?もっと大昔に思えてました。

    明治維新で、近代化に向けておきた大きな変化を3つ紹介いたします!

    明治維新で変わったこと
    1. 廃藩置県
    2. 五箇条の御誓文
    3. 紙幣

    1.廃藩置県

    明治時代に移り、藩が所有している領民の籍を天皇に変換させる

    「版籍奉還」という政策を打ち出しましたが、

    藩政を継続している藩もあったりと、この政策はなかなか上手くいきませんでした。

     

    そこで1871年に打ち出されたのが「廃藩置県」です。

    「藩」ではなく「県」と「府」に置き換え、中央が管理をすることとなります。

     

    「中央集権化」という政策に民衆からは批判が起こると考えた政府は、

    背景に軍事力をつけ、廃藩置県を一挙に断行したと言われています。

     

    2.五箇条の御誓文

    明治天皇が「天地明神」に誓約する形式で「五箇条の御誓文」が打ち出されます。

    これは国家全体の方針でもあり、

    「開国し他国との交流を深めよう」という「開国親和」と、

    世間一般の考え、人々の考えを尊重しようという「公儀世論の尊重」

    の2つを骨子とた誓文です。

    蓮

    というか、詳しく調べてもこの2つしかよくわからんかった笑。

     

    3.紙幣

    明治時代に移ってからも通貨制度の再整備の余裕はなく、

    当時は幕藩時代の銭貨や藩礼を使いながら、通貨不足の解消を目指していました。

     

    1871年には「新貨条例」が制定され、新通貨として「円・銭・厘」が採用されます。

     

    この時「円」という名前を提案したのはあの有名な「大隈重信」で、

    現在の通貨にも大きく影響を与えているんですよね。

    「国立銀行条例」も制定され、

    1879年には全国に153ヶ所の「国立銀行」が設立されました。

    蓮

    日本がどんどん出来上がっていく感じがしていたんでしょうね、この時代は。

    明治維新について、海外の反応は?

    今の日本があるのもこの時代のおかげ、

    と言えるほど日本にとって大きな改革となった「明治維新」は、

    海外からも様々な反応、反響があります。

    様々な反応から海外から見た「明治維新」「日本」を紐解いていきましょう。

    明治維新、海外の反応
    • 外国に学び、国難から立ち上がる道を日本国民自身が起こした改革
    • 身分や年齢で差別が無い
    • 日本の近代化に大きく影響した
    • 軍国主義の始まり

    外国に学び、国難から立ち上がる道を求めた

    中国から見た「明治維新」とは、まさに民衆による改革。

    江戸幕府に対して不満が溜まっていた民衆が、一致団結して倒幕を果たす姿は、隣国から見ても異様だったといいます。

    • 「日本国民は皆が団結し、強大国になる道を求めた」
    • 「民族が歴史的に引き継いできた「欠点」を変え、長所を保つ改革」
    • 「日本国民は海外に飲み込まれない強国作りができた」

    という反応。

    当時は日本だけでなく、アジア諸国が欧米に飲み込まれつつある時代。

    飲み込まれず、自国を国民の力で生まれ変わらせた明治維新は、外から見ても日本という国の「底力」そのものだったに違いないです。

    って聞くと、150年後の日本国民としては明治維新は誇りに思いますよね。

    そして、その後の軍国主義が暴走しなければ…と、明治維新に続く時代にうなだれます。

    海外に向けて強さを誇示しなければ!という気持ちが、明治維新以降に治世によって落ち着けられたら…

    って言ってもしょうがないけど、言わずにはいられないです。

    身分や年齢で差別が無い

    「明治維新後、日本人は全ての人間が外国の文化を学べられるような環境を作り、発展を築いた」と、

    アメリカは日本に対して感想を述べています。

    坂本龍馬伝でも繰り返し浮き彫りになる、江戸時代の身分制度を明治維新でくつがえし、民が平等になる文化を築いたって点をアメリカは重視していたんですね。

    明治維新は日本の近代化に大きく影響した

    これまで中国を追従、モデルとしてきた日本が明治維新以降ヨーロッパを参考にしたことは大きな転換で、

    この欧米思想を取り入れたことが日本の近代化に大きく影響したということを、

    海外誌全般に共通した明治維新の反応です。

     

    近代化を遂げた日本はまだまだ保守的な部分はありますが、

    明治維新で起こった文化改革や法の支配、男女平等という思想は、

    自由主義の国々の一員としての位置づけがしっかりと出来ており、

    そういった点も海外からは評価されています。

    軍国主義の始まり

    明治維新が現在の近代化した日本に繋がっていると、海外からは高い評価を得ています。

    が、一方で…

    「明治維新が近代化だけでなく、軍国主義ももたらした」

    というマイナスな点も見逃せません。

     

    実際に「廃藩置県」などの制度は、民衆からは批判が起こるだろうと思われた矢先、

    軍事力をバックに押し切ったと歴史的記述があります。

     

    西洋の大国を真似て海外へ勢力を伸ばしたりと、

    軍事力が高まるにつれ、その軍事力を誇示する場面もありました。

     

    明治維新をきっかけに発展しただけでなく、

    そういった「負」の面に指摘を示す海外の反応も多いのです。

    海外だけでなく日本国民の中にも、太平洋戦争をもたらすきっかけとなった軍国主義のスタート地点である「明治維新」をマイナスにとらえる人もいます。

    さいごに

    幕府が滅んだ戊辰戦争、明治維新から150年を迎え

    日本国内では節目の年を祝う様々なイベントや催し物が予定されています。

    大河ドラマや漫画などでも明治維新は取り上げられることも多く、

    その当時の人物のファンも多かったりと、

    日本人にとっては歴史を振り返る良い機会となるでしょう。

    しかし、そんな「歴史ロマン」のような雰囲気に包まれる日本人とは違い、

    海外からは明治維新という改革を客観的に振り返り、

    様々な反応を示しています。

    もちろん今の近代化した日本があるのは、

    「明治維新」という改革があったからと確実に言えるでしょう。

    日本人の視点で明治維新を振り返ると、どうしても

    「日本が華やかになった」「開国して様々な文化に触れられるきっかけ」

    という明るい話題ばかりになってしまいます。

    ですが、その裏には軍事力に任せて民衆を押さえ込んだり、

    他国に攻め込んだりと目を背けたくなるような歴史も同時に進行しています。

    海外の反応としては、華やかな歴史と共にそういった「負」の歴史にもしっかりと触れられています。

    私達日本人もその歴史から目を背けず、

    150年の節目に明治維新という歴史を振り返ってみるべきではないでしょうか。

     

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